米・イスラエルのイラン攻撃長期化 — ホルムズ海峡封鎖が各国に与える影響を徹底分析

2026年3月11日

はじめに

2026年2月28日、米国とイスラエルは「Operation Epic Fury」と名付けた大規模な軍事作戦をイランに対して開始した。最高指導者ハメネイ師が殺害され、イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)は報復としてホルムズ海峡の封鎖を宣言。攻撃開始から12日目を迎えた3月11日現在、海峡の商業船通過はほぼゼロに近い状態が続いている。

イランは停戦交渉を拒否しており、トランプ大統領は「戦争を終わらせることができる」と発言しつつも具体的な出口戦略は見えない。IRGCによる機雷敷設の開始が確認され、仮に掃海が必要になれば封鎖は数ヶ月単位で長期化する可能性がある。

本稿では、この攻撃が長期化した場合に各国・各地域にどのような影響が及ぶのか、エネルギー・経済・食料・地政学の観点から多角的に分析する。


1. エネルギー市場への衝撃 — 原油・LNG価格の乱高下

原油価格の急騰と乱高下

ホルムズ海峡は世界の原油輸送の約20%にあたる日量約2,000万バレルが通過する世界最大のエネルギーのチョークポイントである。封鎖の影響は即座に価格に反映された。

LNG市場はさらに深刻

原油以上に深刻な打撃を受けているのが天然ガス市場である。世界のLNG取引の約20%がホルムズ海峡を経由しており、特にカタールのLNG施設がイランのドローン攻撃で操業停止に追い込まれたことで、世界のLNG供給が約2割減少した。欧州のベンチマークであるオランダTTFガス先物は60%急騰し、€50/MWhを突破した。

IEA史上最大の備蓄放出

国際エネルギー機関(IEA)は3月11日、加盟32カ国の全会一致で過去最大の4億バレルの緊急備蓄放出を決定した。2022年のロシア・ウクライナ危機時の1億8,200万バレルの2倍以上の規模である。米国は1億7,200万バレルを拠出するが、放出には約120日を要する。この措置は短期的な市場心理の安定には寄与したものの、海峡が閉鎖されたままでは根本的な供給不足は解消されない。


2. 日本 — 中東依存度94%が突きつける構造的脆弱性

エネルギー安全保障の急所

日本は主要先進国の中で最もホルムズ海峡封鎖の影響を受けやすい国の一つである。原油輸入の約94%を中東に依存しており、その9割以上がホルムズ海峡を経由する。日本のリスクスコアは6.4と世界最高水準と評価されている。

石油備蓄と LNG の非対称性

高市総理大臣は石油備蓄が254日分あることを明らかにした。内訳は国家備蓄146日分、民間備蓄101日分、産油国共同備蓄7日分である。経済産業省は石油備蓄基地に対し放出への準備を指示している。

一方、LNG(液化天然ガス)の在庫は約3週間分しかなく、石油と異なり備蓄義務もない。日本のLNG輸入のうち約6%がカタール・UAE産であるが、スポット市場での争奪戦が激化すれば、調達コストの大幅な上昇は避けられない。

家計と産業への打撃

長期化した場合、ガソリン価格は現在の160円台から200円超への上昇が予測されている。電気料金も原油・LNG価格に連動して高騰する見通しで、インフレの加速が懸念される。また、化学産業の原料となるナフサの調達にも影響が及び、再生可能エネルギーの部品製造にも波及するという指摘もある。

安全保障上の課題

ペルシャ湾内には日本関係船44隻が取り残されている。自衛隊による掃海活動の可能性が議論されているが、今回の攻撃は米国が先制攻撃を開始した側であるため、集団的自衛権の行使要件である「存立危機事態」に該当するかは法的に難しいとの見方がある。


3. 中国 — 世界最大の原油輸入国が持つ耐性と限界

イランとの特殊な関係

中国は世界最大の原油輸入国であり、イラン原油の約90%を購入している。エネルギー輸入の約半分を湾岸地域に依存する。注目すべきは、戦争開始後もイランから中国向けに少なくとも1,170万バレルの原油がホルムズ海峡を通過していることだ。IRGCが3月5日に封鎖対象を「米国・イスラエル・西側同盟国」に限定したことで、中国船籍の通航は事実上黙認されている。

耐性のある構造

中国は過去数年間で大規模な戦略備蓄を積み上げており、再生可能エネルギーへの転換も急速に進めてきた。そのため、過去のオイルショックと比較して原油高騰への耐性が増している。ロシアからの割引原油の購入拡大も代替手段として機能する。

製造業への圧力

しかし長期化すれば影響は避けられない。エネルギーコストの上昇は鉄鋼・化学・電子機器などエネルギー集約型産業の利益率を圧迫し、輸出価格の競争力低下につながる。中国経済が依存する貿易黒字が脅かされる可能性もある。

中国はイランに対しホルムズ海峡の開放を強く要求しており、仲介役を果たす可能性も取り沙汰されている。


4. インド・南アジア — 最も深刻な打撃を受ける地域

インドの三重苦

インドは原油の80%以上を輸入に依存し、そのうち約半分が湾岸産である。LPG輸入の80%もホルムズ海峡地域からの調達だ。

政府のエネルギー補助金は2025-26年度予算で約2兆ルピー(240億ドル)が計上されているが、原油価格が80ドル/バレルを超えると40〜60億ドルの追加負担が発生する。原油高騰はドル需要を増加させてルピー安を招き、それがさらに輸入コストを押し上げるという悪循環に陥る。

インドはロシア産原油の購入拡大で対応を図るとみられるが、物流面での制約もあり、完全な代替は困難である。

パキスタン・バングラデシュの危機

南アジアで最も脆弱なのがLNG供給である。パキスタンのLNG輸入の99%がカタール・UAE産、バングラデシュは72%、インドも53%を中東に依存している。封鎖が長期化すれば、これらの国々は電力供給の深刻な危機に直面する。


5. 欧州 — ガス貯蔵不足が招くエネルギー危機の再来

2022年の悪夢の再現か

欧州は2022年のロシア・ウクライナ危機でガス供給途絶を経験したが、今回の危機はさらに厳しい条件下で起きている。2026年2月末時点のガス貯蔵量は460億立方メートル(bcm)にとどまり、2025年の600億bcm、2024年の770億bcmを大きく下回る。

原油価格は攻撃直後に約8%上昇し、欧州ガス価格は約20%急騰した。その後TTFガス先物は60%上昇して€50/MWhを突破している。

LNG争奪戦の激化

ホルムズ海峡経由のLNG供給が途絶すれば、アジアの買い手がスポット市場でより積極的にLNGを買い付けるため、欧州との争奪戦が激化する。2026〜27年の冬に向けたガス貯蔵の積み増しが困難になり、来冬のエネルギー安全保障が脅かされる。

ECBの政策ジレンマ

エネルギー価格の上昇はインフレを再燃させ、欧州中央銀行(ECB)の利下げ路線に影響を与える。景気後退リスクが高まる中でインフレ抑制のために利上げすべきか、景気支援のために利下げすべきか——中央銀行は難しい選択を迫られている。


6. 湾岸諸国 — 被攻撃国にして産油国のジレンマ

イランのミサイル・ドローン攻撃

湾岸諸国は米軍基地の所在地として、イランの報復攻撃の標的となっている。UAEは戦争開始以来165発の弾道ミサイル、2発の巡航ミサイル、541機のドローンに対処した。バーレーンではバプコ石油精製所が火災を起こし、サウジアラビアではシェイバー油田を狙ったドローン4機を迎撃している。ドバイ空港やクウェート国際空港もミサイルの破片が落下するなど、被害は民間インフラにも及んでいる。

代替輸出ルートの限界

産油国は海峡を迂回するパイプラインを保有している。サウジアラビアのEast-Westパイプライン(ペトロライン)はペルシャ湾岸から紅海沿岸のヤンブー港まで500〜700万b/dの容量があるが、現在の使用量は約200万b/dで、余剰容量は300〜500万b/d。UAEのハブシャン・フジャイラパイプラインは180万b/dの容量を持つ。

しかし、これらの代替ルートの合計容量は最大350〜550万b/dにとどまり、通常の海峡通過量2,000万b/dの4分の1にも満たない。さらに、ペルシャ湾内の産油国の原油貯蔵能力は約3週間分に限られるため、封鎖が長期化すれば湾岸産油国自体が減産を余儀なくされるという逆説的な事態に陥る。


7. 食料・肥料への波及 — 見過ごされたリスク

世界の食糧安全保障への脅威

ホルムズ海峡の封鎖はエネルギー供給だけでなく、世界の食料安全保障にも深刻な影響を及ぼす。世界で取引される尿素肥料の約3分の1がホルムズ海峡を経由しており、ペルシャ湾岸地域にはカタール、サウジアラビア、UAEの大規模なアンモニア・尿素生産施設が集中している。

米国における尿素肥料の輸入価格は戦争開始後に30%急騰し、516ドル/トンから683ドル/トンに跳ね上がった。パーム油は10%急騰、小麦も2年ぶりの高値を記録している。

最悪のタイミング

この危機は北半球の春の作付けシーズンと重なっている。肥料は作物の成長サイクルの初期に施用されるため、数週間の供給遅延でも収量に直接的な影響が出る。窒素肥料の使用量がわずかに減少するだけでも、収量には不均衡に大きな低下をもたらすとされている。封鎖が数ヶ月に及べば、数百万トン規模の穀物損失が現実となり、飼料市場、畜産業、バイオ燃料、小売食品価格へと連鎖的に影響が波及する。

途上国への打撃

インドは国内尿素工場の稼働にペルシャ湾産LNGを大きく依存しており、ブラジルは窒素・リン酸肥料の多くを輸入に頼る。肥料使用量がすでに最小限のサブサハラ・アフリカでは、価格上昇がさらなる普及の妨げとなり、食料不安が深刻化する恐れがある。


8. 世界経済への総合的影響 — 景気後退の瀬戸際

シナリオ別の影響予測

攻撃の長期化がもたらす経済影響は、持続期間によって大きく異なる。

短期決着シナリオ(3月末までに終結)

中程度シナリオ(数ヶ月の紛争継続、原油70〜80ドル維持)

深刻シナリオ(3〜6ヶ月の戦争、原油100ドル超持続)

景気後退の閾値

エコノミストは景気後退入りの条件として、原油価格125ドル/バレル、ガソリン価格4.25ドル/ガロン、インフレ率年4%を挙げている。3月8日のピーク時にはブレント原油が119.50ドルに達しており、この閾値に危険なほど接近した。

「バタフライ効果」のリスク

KPMGの首席エコノミスト、ダイアン・スウォンク氏は、この戦争が経済の「バタフライ効果」を引き起こす可能性を警告している。石油生産は「スイッチのように」即座に復旧できるものではなく、パンデミック後と同様に、サプライチェーンの混乱が長期的なインフレを定着させるリスクがある。


9. 長期化シナリオと今後の展望

機雷敷設がもたらす封鎖の長期化

最も懸念されるのは、IRGCによる機雷敷設である。米軍は16隻の機雷敷設艦を破壊したと発表しているが、すでに敷設された機雷の除去には相当な時間を要する。ホルムズ海峡は最狭部で約32〜39kmしかなく、航行可能な水路はさらに狭い。退役少将の指摘によれば、大型タンカー2〜3隻が機雷で航行不能になれば海峡の部分的封鎖が完成し、世界経済に甚大な影響が及ぶ。

仮に戦闘が終結しても、機雷の除去(掃海作業)には数ヶ月から場合によっては数年を要する可能性がある。1991年の湾岸戦争後の掃海作業も数ヶ月を要しており、その間のエネルギー供給の不安定化は避けられない。

停戦交渉の展望

現時点で停戦への道筋は不透明である。イランのアラグチ外相は「米国とは2度交渉し、2度とも交渉中に攻撃された。交渉する理由がない」と述べており、トランプ大統領も「イランは交渉を望んでいるがもう遅い」と発言している。南アフリカのラマポーザ大統領が仲介を申し出ているほか、中国が影響力を行使する可能性も指摘されている。

エネルギー転換の加速要因

逆説的だが、この危機は世界のエネルギー転換を加速させる要因となりうる。Bruegel研究所は、欧州にとっての根本的解決策は「化石燃料への構造的依存を削減し、国内で生産可能なクリーンエネルギー源の導入を加速すること」だと指摘する。中国がすでに再エネ転換で先行していることも、この危機への耐性の違いとして表れている。

地政学的秩序の再編

この戦争は、エネルギー市場を通じた地政学的勢力図の再編を促す可能性がある。中国・ロシア間のエネルギー協力の深化、湾岸産油国の安全保障戦略の見直し、そしてグローバル・サウスにおける米国の信頼性への疑問——これらの変化は紛争終結後も長く尾を引くだろう。


まとめ — 各国への影響の比較

国・地域 原油依存度 短期影響 長期化時の最大リスク
日本 中東94% ガソリン・電気料金高騰 LNG枯渇(3週間分のみ)、産業空洞化
中国 湾岸50% 製造業コスト上昇 貿易黒字縮小、経済減速
インド 湾岸40% 補助金財政圧迫、ルピー下落 スタグフレーション
パキスタン LNG99%中東 電力危機 経済崩壊リスク
欧州 ガス貯蔵不足 インフレ再燃 冬季エネルギー危機、景気後退
湾岸諸国 輸出不能 施設被害、減産 財政赤字拡大
途上国 肥料輸入依存 食品価格上昇 食料危機、飢餓
米国 自給率高い ガソリン高・インフレ 景気後退、FRB政策硬直化

ホルムズ海峡は「世界経済の動脈」と呼ばれてきたが、今回の危機はその言葉の意味を文字通り突きつけている。攻撃の長期化は、エネルギー価格の高騰にとどまらず、食料安全保障、金融政策、地政学的秩序にまで波及する連鎖的な危機を引き起こしうる。戦闘の終結が見えない中、各国は備蓄放出や代替調達という「時間稼ぎ」の対策を講じているが、その猶予も無限ではない。


参考ソース

英語ソース

日本語ソース